張飛が風俗嬢?江戸の歓楽街で人気の「三国志」

玩具の青龍刀が大流行

庶民に身近な文化として、前回は川柳を例にご紹介しましたが、絵画でも、「三国志」やその英雄をモチーフにした作品が大量に描かれました。

有名な絵師の名を挙げていくだけでも、英一蝶、鳥山石燕、曾我蕭白、円山応挙、池大雅、与謝蕪村、谷文晁、渡辺崋山、葛飾北斎、歌川国芳など、まさに枚挙に暇がありません。

浮世絵に描かれることもあった見世物にも、「三国志」は取り入れられました。文政期には、細工見世物が興行として成立。文政2(1819)年、上方で人気を博した籠細工の見世物興行が浅草にやってきた際、真っ先に披露されたのが、巨大な関羽の籠細工で、高さが6.7メートルもあり、怯えて泣き出す子どももいたほどでした。

翌年、籠細工に対抗して企画された麦藁細工の題材は、孔明弾琴、周倉人形などに、長さ22メートルに及ぶ青龍偃月刀。この刀に、劉備や五虎将軍など、三国志の豪傑たちが極彩色で表現されました。

下絵・彩色から、チラシやパンフレットまで、葛飾北斎の手によるものです。ここから、子どもたちの間で、玩具の青龍刀が大流行したとも伝えられます。

玩具の青龍刀が、歌川国貞「見立風俗三国志 関羽単刀赴呉会」に描かれているように、書籍、芸能、絵画や習俗、それぞれが密接に関連し、影響を与え合っていたのです。

子どもと言えば、端午の節句に使う五月人形や幟旗にも、関羽と周倉、孔明などが描かれました。中でも、長坂坡で阿斗を救う趙雲の図は、男の子の成長を祈る端午の節句のぴったりの画題。

さらには、女の子向けの印象が強い押絵羽子板にも、劉関張三傑を描いたものがあるそうです。

現代のお祭りにも使われている

そのほか、絵馬やお祭りの山車にも、関羽や張飛が描かれました。中でも、文政10(1827)年制作、尾張西枇杷島の天王祭のからくり人形は、「華佗の舞」という趣向。

矢傷を負った関羽が華佗の治療を受けていると、どこからともなく飛んできた鳥が舞い苦痛を和らげたというお話にちなんで、太鼓を打つ子どもに合わせ、もう一体の子どもが鳥に変身するからくりだと言います。

愛知県清須市の西枇杷島まつりで、現在も使われているそうです。写真を見ると、作られてから200年弱経っているとは思えない輝き。大切に使い継がれてきたことが窺えます。

その他、今も、ねぶたやねぷたの巨大な灯篭で、三国志の武将たちの姿が新しく作られています。

「三国志の日本史」の中には、江戸時代の人々の遊び心から始まって、今に続く伝統として根づいたものもあるのです。

現代では多くの花街がなくなり、限られた場所でしか風情を楽しめなくなりましたが、飛田新地では今でも昔の面影を楽しむことが出来ます

引用:飛田新地の求人 飛田じょぶ